世界の果ての庭 
西崎憲
価格800円

 第14回ファンタジーノベル大賞受賞作。
 あまたの断章、あまたの物語。
 消失点をかすめる永遠の影。
 密やかな読者のための密やかな書物。

 創元SF文庫版の円城塔の解説を再録。400字詰め原稿用紙換算約265枚。

 

 

 

 

 

 

 
   


作品 抜粋


「トンネルのなかは何で光ってるんですか?」
「知らない」
「入ってみたことはないのですか」
「ある」
「どうだったんですか」
 義和団事件の男は少し間を置いた。それから言った。
「寒いし、恐ろしい」
「寒い? ここはべつに寒くないじゃないですか」
「あのなかは寒いのだ。それにあそこに入ると、何だか分からないがたまらなく恐ろしくなる。奥に進んで行くことなんて出来ないんだ。みんな一度はやってみる。一度だけだ。二度はできない、あまりに恐ろしすぎるのだ」
 よく分からない答えだった。
「何が恐ろしいんですか? なかに何かいるのですか?」
「何もいない」
 どうも要領を得ない話だったが、男の表情は真剣そのものだった。
「じゃあ、あのトンネルの横をずっと歩いていくとどうなるんですか。ずっとつづいているようですが」
「トンネルは一里くらい行くと、ぶっつりと途切れる」
 その答えも納得のいかないものだった。
「じゃあ、汽車はどこへ行くんですか」
「知らない」
 小柄な男はそれから、ホームにいて汽車を待つかどうか訊いた。
「待ちます、汽車が見たい」とおれは答えた。
 男と子供は鼠を捕りにいくと言って、どこかに行った。時間はゆっくりと過ぎていった。おれはベンチにすわって、汽車を待った。
 眼を覚ましてから、はじめて考える時間ができたので、おれはさまざまなことを考えた。
 紗絵はどうしているだろう。
 父母はどうしているのだろう。
 収容所の仲間たちはいまどうしているのか。
 高い天井と薄く光る床が、眼路のかぎりつづいていた。
 柱と階段があちらこちらに点在していた。灰暗い闇はほんとうにどこまでもつづいていた。地平線などはもちろん見えなかった。ただ天井と床が彼方で溶けあっていた。
 トンネルの口だけが明るく光っている。これはいったい如何なる光なのだろうか。
 トンネルから洩れてくる光は、蛍の光にも似ていたし、星の光にも似ていた。
 あのなかは寒く恐ろしいのか、と漠然と思っていると、微かに地鳴りの響きのようなものが足元から伝わってきた、その響きはしだいに大きくなっていった。不安と期待のうちにおれは待った。間違いない。列車がやってきたのだ。
 轟音はしだいに大きくなり、プラットホームが揺れだした。おれは息を止めてトンネルの入り口を凝視めた。




円城塔 解説 抜粋


 小説という存在もまた同じ程度にとらえにくい。何かのものが小説か否かを判定する基準というのはどうもありそうにない。実のところ、小説とは本に書かれていなければいけないのかさえはっきりとはしていない。本の形をしていなくても、小説は小説でありうるだろうか。庭の形をしていたならばどうだろう。さらにはその庭の姿が、まるで本に見えるものであったとしたなら。
 それは確かに本である。子供に見せてもそれは本だと言うだろうから。
 これは催かに小説である。誰が見ても小説だから。
 そうしてこれは庭かも知れない。
 その場合、わたしたちはずっと庭について話していたのだということになる。

 この本について話そうと思う。
 はじめてこの本を読み終えたとき、それまで体験したことのない読後感にひたりつつ、強く不満を感じたことを覚えている。その読後感の正体が全くわからなかったからである。思わず、存在しない解説を裏表紙との問に求めたほどに。
 主人公と主人公の書く小説とその祖父、主人公の友人と、友人のすすめる小説と、友人の大伯父、主人公が研究していたイギリスの庭園と、友人の研究している日本近世思想。複雑に入り組む五十五の短篇が描き、織りなしていく網目模様は読む者の心を躍らせると同時に不安を呼び込む。「これは小説ではない」という人には、「明らかに小説でありそれ以外ではありえない、ただし庭ではあるかも知れない」と答えることができるが、「わからない」という人には何と答えるべきだろう。かつての自分は、この「わからない」に答えてくれる人を求めていた。



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